1: 心霊の名無しさん

江戸三大刑場の一つとして歌舞伎や講談にも登場

江戸時代、南千住の小塚原刑場、八王子の大和田刑場と並んで三大刑場の一つといわれていた「鈴ヶ森刑場」。歌舞伎や講談で知られる『八百屋お七』の処刑地としても有名です。 案内板によると、当時刑場の規模としてはとても大きなものだったようですが、現在は、歩道沿いの木々に覆われた石碑や、首洗いの井戸などが残るだけとなっています。 都会のビル群の中に立つ供養塔や大小の無縁仏が、命を失った人々の無念の思いを今に伝えています。

火あぶり台、首洗いの井戸など当時の様子を物語る処刑物の数々

罪人は皆、3mをこす角柱に縛り付けられ、槍などで刺殺されました。また火あぶりの刑を申し渡された受刑者は、足下に薪を焚いた鉄柱に縛り付けられ、石の上で生きたまま焼殺されたという記録が残っています。そういう時代、また罪人だったとはいえ、なんて残酷! ここ鈴ヶ森刑場跡には、そのための火あぶり用の鉄柱や磔(はりつけ)用の木柱を立てた礎石、首洗いの井戸など、当時の悲惨さを思わせるものが残り、処刑の様子を想像するだけで身震いしてしまいます。

4割はえん罪だったとか。受刑者たちの魂はいずこへ

品川区の郷土史資料によると、ここで処刑された人たちの4割は、えん罪だったそうなのです。刑場跡の隣にある大経寺は、こうした受刑者の冥福を祈るために建てられたもので、現在も供養に訪れる人のために線香と喜捨箱が用意されています。 恐ろしくも切ない歴史を刻む鈴ヶ森刑場跡は、都心の心霊スポットとしても有名ですが、えん罪で処刑された10万人もの無念を考えると、その人たちの霊が出没するという話にうなずけないこともありません。この地を訪れたなら、受刑者の霊の冥福を祈り、合掌礼拝をお願いします。

kaidan4

24: 心霊の名無しさん
>>1
火あぶりが合法だった時代もあったんだな
合唱

2: 心霊の名無しさん
殺人被害者の9割は大した落ち度はないわけだが、彼らの無念はどこに行くんだろうな?

3: 心霊の名無しさん
冤罪が4割って、なんで分かるんだろう。
いくらなんでも、そりゃ酷い数字だろう。
異端審問じゃあるまいし。

7: 心霊の名無しさん
東京大空襲では10万人の無実の人々、女こども赤ん坊まで生きたまま焼き殺されたけどな。
東京って全部心霊スポットなんか。

12: 心霊の名無しさん
東北も大阪も地震や津波でいっぱい死んだから心霊スポットなの?
冤罪より無念な死に方だろうし。

13: 心霊の名無しさん
>受刑者たちの魂はいずこ

中国の奥地には、前世を覚えている生まれ変わったと証言する人たちが大勢いる村があるそうだ。この調査を
もとに作られた映画が「スープ」。故松方弘樹さんが元気に出演している。

生まれ変わったという男の中に前世では麻薬の売人だったというのがいて、捕まって処刑されたと言ってる。
「どじを踏んじゃってね」と明るく証言。しかしうまれ変わってもう売人はしないと。

無念の怨念がさまよっているかも知れないが、私は生まれ変わって子孫を残しているから、魂はないと思いたいね。
さて、松方弘樹さんは、映画の題名にもなったスープを知っているわけだ。今頃はもう、生まれ変わって「前世では
映画俳優をしていたよ」と話しているかも知れんぞw

15: 心霊の名無しさん
>>13
>映画俳優をしていたよ

生まれて数日の赤ん坊がそんなこと喋るなんて怖すぎるw

38: 心霊の名無しさん
>>15
首が座ったくらいの時の記憶がある。
ちゃんと日本語で思考してた。
さすがに喋れなかったケドw

29: 心霊の名無しさん
怪しいと疑われたら自白するまで拷問。ウソでも自白取れれば堂々と死刑、取れなければ拷問で獄死。
現代でも冤罪はあるのだから、科学的捜査のない拷問自白の時代なら冤罪が4割以上でも少しも
不思議でないと思う。

30: 心霊の名無しさん
江戸時代は、とりあえず皆が犯人と納得する奴を見付けて、そいつを処刑するわけで。真犯人ならそれでよし。間違っても、真犯人がその後に罪を犯さねばそれでよし。時には、後から真犯人が見付かることもある。

参照元: http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/femnewsplus/1485614665/